美香のニュースの目


久田恵さんとの出会いは、今から20年以上も前のこととなります。縁あって、この度、花げし舎のHPに書く場を頂けることになりました。世の中に起こる様々な出来事を、私なりの目線で書かせて頂こうと思います。

館ヶ丘団地 H27年度おむすび計画 始まる!

館ヶ丘団地の「ふらっと相談室」を取材しました。

 

今年5月に初めて行ってから2度目の訪問となります。

 

「おむすび計画」は、ボランティアの学生さんたちが熱中症予防を呼びかけて、団地のお宅を訪問したり、団地内の通路に給水所を設けて、子どもたちが冷たいお茶を配ったりします。その学生さんや子どもたちの昼食に、地域のお母さんや高齢者の方が参加しておむすびを作ってくれるそうです。そのおむすび用のお米は、住民の方たちが相談室に持ってきてくださるのだとか。今年は既に77キロのお米が集まっているそうです。

 

小さな子どもから高齢者まで、地域全体が熱くなる一ヶ月間です。

 

室長の今泉さんは猛暑の中、自ら団地内でビラ配りを行いお知らせをしていました。

 

 

 

この日、「相談室」にボランティアで来ていた方々にお話を伺いました。

 

「一人で暮らすことは自立心ができる」と話してくれたのは渡辺さん(写真左)。この団地に来て20年、持病と上手く付き合いながら一人暮らしをしているそうです。「ここへ来ると自分が元気になる」と、週に一度、ボランティアを続けています。

 

水谷さん(写真左より2番目)は、ふとしたことから関わるようになり、長く続けているボランティアのリーダー的存在。ボランティア仲間から、とても頼りにされているようです。「みなさんとここにいると本当に笑いが絶えません」と話してくれた通り、この日もあちこちで笑い声が響いていました。

 

「ふらっと相談室」では大学生などが、子どもたちに勉強を教える「ふらっと塾」などもやっており、遊佐さん(写真左より3番目)は、今年18歳になる娘さんがよくここで勉強していたのがきっかけで、ボランティアに来るようになったということです。

 

「ここは第二の家です」と言うのは、高校2年生の蛍ちゃん(写真右)。小6の頃から放課後は、ここで勉強したり、高齢者の方と話をしたりして過ごしていたそうです。ボランティアという意識はなく、「いろいろな人との交流が楽しい」と、毎年「おむすび計画」にも参加。昨年も団地内で倒れている人を発見したりと活躍中です。ボランティアのことを家に帰ってよく話すので、今年は小5の弟さんも参加する予定だそうです。

 

 

自転車タクシーを運転していたのは、末日聖徒イエス・キリスト教会からボランティアに来ていたタマグスクさん(写真左端)と、武冨さん(写真右端)のお二人。

 

久田さん(写真中央)が試しに運転させてもらったのですが、丁寧にコツを教えてくれました。

 

終始にこやかで、彼女たちに乗せてもらったら、とても楽しくなってしまいそうです。

この日、「ふらっと相談室」の入口には、たくさんの本が並んでありました。

 

団地のお宅を訪問した時など、不要な本をいただいて、それをまた欲しい方に差し上げているのだとか。

 

その本には一冊一冊仕掛けがしてあり、新たな本の持ち主になる方から、本の持ち主だった方へ、自由に感想を書いていただく用紙が挟んであります。強制ではないのですが、相談室にはたくさんの感想が届いていました。

 

法政大学の学生さんのアイデアで始まったこの古本市。

「本を通じて人と人の気持ちが繋がって、よりこの団地に愛着が湧きますよね。

彼らのファインプレーです」と話す今泉さん。

 

「シルバーふらっと相談室館ヶ丘」は高齢者の相談窓口でありながら、子どもの成長を感じられる場所でもあり、人と人を結ぶ場所、人を元気にさせる場所なのだと再確認した一日でした。

 

 

                                                       (2015. 7.27)

 

 

館ヶ丘団地の優しい風

「○○さ~ん、待ったか~い?」

 

その人は、漕いでいた三輪の自転車から颯爽と降り、順番を待って腰掛けていたお年寄りに朗らかな声をかけた。運転席の前の椅子に買い物袋をさげたお年寄りを丁寧に乗せ、今来た道をまた走っていく。その背中はどこか楽しそうだ。

 

自転車タクシーに乗り、広大な団地内でお年寄りの送迎するのは、「八王子市シルバーふらっと相談室館ヶ丘」の室長、今泉靖徳さん。1975年に建てられた総戸数2847戸の大規模なこの団地は、JR中央線・京王線の高尾駅からバスで10分のところにある。65歳以上の方の入居率が増え続け、現在では48%にもなった。その高齢者の見守りのため、「シルバーふらっと相談室」ができて4年。商店街の並びにあり、名前の通りに、ふらっと気軽に立ち寄れる雰囲気だ。室内には、本格的な珈琲が楽しめるカフェコーナーもあり、入れ替わり立ち替わり人がやってくる。今泉さんは、この相談室の立ち上げから関わってきたという。自転車タクシーのアイデアも、自治会の方と編み出してデザインから考えた。一年間の乗車数は2000~3000にもなったそう。高齢者の暮らしの相談はもちろん、日々の催し物もここから生まれる。高齢者だけで孤立しないよう、自治会や、ボランティアにくる近隣の大学の学生、地域の子どもたちとの触れ合いが持てる場でもある。まさに高齢者に優しい団地なのである。

 

ここでの常勤がただひとりだという今泉さんは「僕が(高齢者の)みなさんを頼りにしているんですよ。僕ひとりでは何もできないし」と語る。団地内で困っている人がいる時など、その周りの人が情報を持ってきてくれるという。今泉さんの人柄のなせる技なのではないだろうか。気軽に話せて、飾らない。距離感を縮めたくて、わざと悪態をついたりする。周りを巻き込んで楽しくさせてしまう力。数々のエピソードからみえる、ひとりひとりの心にそっと寄り添って考える姿勢。とても魅力的な人に出会えたという思いだった。

 

訪れたこの日、「シルバーふらっと相談室」が4年で迎えた利用者数は、述べ40000人まであと数人だった。数日経っている今日はもう超えたに違いない。「40000人超えましたよ!」と爽やかに笑う今泉さんの姿が見えるようだ。今日も彼は館ヶ丘団地を奔走しているだろう。誰かのよりよい未来のために。館ヶ丘団地には今日も優しい風が吹いている。

 

                                                        (2015.5.29)

 

 

5月10日のできごと

練馬区の有料老人ホーム「シルバーヴィラ向山」「アプランドル向山」主催の、「シルバー・フェスタ・オン・ステージ~平均年齢88歳の発表会」に行く機会があった。入居者が日々の練習を披露する場、ということで年に一度行われ、今年で16回目を迎えるとのこと。プログラムは1番から14番まで、合奏、合唱、民謡、ミュージックベル、寸劇など、内容は盛りだくさんで、会場はたくさんのお客さんたちで席がうまっていた。高齢とは思えないくらい、どれもこれも素晴らしかったのだが、一番心に残ったのが「ひまわりの会」による「ケセラ」の合唱だった。「ケセラ」とは「なるようになる」の意味だが、平均年齢88歳の方たちが、なんとかなる、と歌っているのである。背筋を伸ばし、凛とした表情で。こうして歳を重ねるまでには、想像もできないようないろいろな人生が、きっとひとりひとりにあったに違いない、と思う。だからこそ、なんとかなる、と歌うその姿に胸を打たれた。「きっと大丈夫、なんとかなるよ」と会場のひとりひとりにメッセージを送ってくれたような気がした。

 

午後は途中から、SCSカウンセリング研究所主催の「父母合同一日親の会」の講座へ。SCSカウンセリング研究所は、ひきこもりの親子を支える活動をしている団体で、カウンセリングや講座などを行っているそう。久田さんが特別講師として参加していたのだが、そこにはたくさんの親御さんたちがいて驚いた。その後の懇親会にお邪魔して聞いたことだが、もう10年通っている方もいるんだとか。「(ひきこもりは)現代病だよね。昔はそんなのそんなになかったもんね~」

と言ったあるお父さんは、「(子どもが)話してきた時は、ひたすら受け止めて聞くんだよ」と話してくれた。お子さんはもう大きくなって成人したが、今でもその関係は変わらない。また、ある男性のスタッフさんは、毎日のように甥っ子に会いにいくそうだ。出かけて行ってその子と戯れる。身体をマッサージする。そのうちに強ばっていた身心が柔らかくなっていく。「そういうことが、大切だと思うんですよ」と彼は話す。

 

ハイハイを始めた赤ん坊が、親から離れふと振り返って親を見る。親が笑顔を向けると、安心してまた先に進んでいく。愛がなくては生きていけないと思う。男も女も、大人も子どもも。

 

どうしても観たかった映画「子宮に沈める」

今から5年ほど前に起きた、大阪二児置き去り死事件を覚えているだろうか?

 

当時23歳の母親が3歳の女児と1歳9ヶ月の子男児を自宅に放置し、餓死させた。母親が風俗嬢だったことや、子どもを置き去りにしていた約50日の間の遊びまわっていた様子をSNSに投稿していたことなどから、大きく取り上げられた事件だった。

 

この映画はこの事件をもとに、実際自宅に残された子どもたちがこんなふうに過ごしていただろう、というようなシーンが淡々と続いていく。優しかった母親が少しずつ変わっていき、ついには帰ってこなくなる。真夏の閉ざされた室内で、食べ物はつき、飲み物すらない。時々インターフォンが鳴るが、子どもの手には届かない。部屋は汚物でまみれていき、いつしか虫が大量に発生する。夜は真っ暗な部屋の中で、テレビの明かりだけが二人を照らす。男児はもう動かない。

 

館内は所々ですすり泣く声が聞こえる。嗚咽している男性もいた。スクリーンは直視できないくらいの状況が続き、この映画の結末はとても書く事ができない。

 

シングルマザーにとって、現実の雇用環境は悪く、保育園などの預け先は常に待機児童で溢れている。児童扶養手当という制度もあるが、生活できるだけの十分な支援とはいえない。離婚後、養育費を支払っている夫は全体の2割に満たないというデータもある。母性という前に、この事件の背景には、母親の育ってきた環境を含めいくつもの社会的要因があったのは確かだ。しかし、この映画の最後には、なんの救いも感じられなかった。ただひとかけらの希望さえ見えなかった。すくなくとも私には。監督には監督の思いがあったのだと思うが、こんな終わりを観たくなかったと思うのは、何の手立ても出すことのできない私の甘さだろうか。

 

2015年3月26日に警視庁から発表されたものによると、昨年全国の警察が児童相談所に通告した18歳未満の子どもは2万8923人。前年より7320人増え、10年連続で増加、過去最悪を更新したという。