るーちゃんのこと

千葉の酒々井町に、るーちゃんに会いに行ってきました。

酒々井町の田んぼの緑が美しいさ中でした。

この田んぼの近くの、古い庭付きの戸建を借りて、ルーちゃんは、一人で住んでいました。

 

二十代の頃、なんとこの私、彼女にモダンバレエを習っていたことがあるのです。

ま、習っていたと言っても、当時、芝居の脚本を書いていて、VAOVAOという劇団の座付き作家みたいなことをやっていて、その時の女優志望の友人に、一緒にやろう、やろうと言われ、ずるずると。私はそういういいかげんなタイプだったのですが・・・。なにしろ、身体を動かすことなんか全然好きじゃなく、体育の生成器はいつも「2」の人でしたから。

でも、優しくかつ厳しいるーちゃんのことが、大好きで、ダンスの練習の日は楽しみでした。

 

彼女は、全国のバレエコンクールで入賞するような人で、ソリストを目指していました。

二十代の夢いっぱいの私たちでした。

 

でも、ある時、彼女は、突然、アメリカに行ってしまいました。

夫と別れ、幼い子供を連れて。ノースカロライナへ。

 

その彼女が、数十年ぶりに日本に来て、わが家を訪れた時、たまたま、私は「まざあぐうすの唄芝居」という人形劇を仕込んでいて、「なんて、いいところへ来たの!」といきなりダンスの振り付けをしてもらいました。北原白秋の詩、♪へっこら、ひょっこら、へっこら、しょっ~、というとっても面白い振り付けでした。彼女はアメリカで、子どもたちにバレエを教えていました。

 

そして、8年前。るーちゃんは、一人で日本に戻ってきて、酒々井町に住み着き、介護の仕事をしています。


二か月ほど前、るーちゃんが、久しぶりに我が家に遊びに来ました。その時、私は、「私がヘルパーになったわけ」というテーマでウェブサイトで連載する企画をしていたところでした。それで、「なんて、いいところへ来たの!」と取材をさせてもらいました。

 

その取材で、アメリカで、どんなふうな人生を送ってきたかを知りました。

ほんとうに、ほんとうに、いろんなことを乗り越えて頑張ってきたのだと思いました。

私も彼女も。あっというまの、日々だったねえ、あれから、四十年も経ったなんて思えない、ずーっと会って、仲良くしていた気分だねえ、と言い合いました。

 

何年かしたら、るーちゃんはノースカロライナにもどるようです。再婚した夫のヒューさんが、日本に来れない事情ができたり、アメリカで仕事をしている息子さんのことがやっぱり心配だったりするそうです。

 

ヘルぱーさんの仕事をしながら、太極拳の先生になるべく修行中とか。

 

「私たち、好き勝手に生きてきたから、年金も少なく、歳をとってもずっと働き続けるしかないね

。でも、それが元気の素かもね」などと、話して、夕ご飯をごちそうになって、けーきのおみやげまでもらって帰ってきました。

 

何年かしたら、ノースカロライナへ、遊びに行くね、と約束しました。

いけるかなあ~。


人生は、いつまでも展開していきまする。